2023.03.31
SDSを活用して、包括的な対応を
化学物質に関する規制が強化されているのはご存じでしょうか?
労働者を対象とする労働安全衛生法(安衛法)の2023年4月1日に施行された改正法では、対象物質のリスクアセスメント結果を文書化して保存することや、ばく露を最小限にするための措置が義務化されています。
また、2024年4月1日には、安衛法に基づくSDS通知・ラベル表示・リスクアセスメント対象物質に234の物質が追加されます。こうした状況から、工場や事業所において化学物質管理は特に注力するべき分野といえます。
今回は、リスクアセスメントを行う際にも重要な材料となるSDSを軸に、化学物質管理の全体像を整理していきましょう。
SDSとは?
SDSは「Safety Data Sheet:安全データシート」の略称で、化学物質を安全に取り扱うための情報が、決められた様式に従って記載されている書面です。
例えば、皆さんが職場で化学物質を扱うとき、気を付けなければいけない法律はいろいろとあります。労働安全衛生法、消防法、毒劇物取締法、化管法、廃棄物処理法(WDS)…これらの内容を一つひとつ勉強していくことはもちろん重要です。
しかし、実際の業務に携わっていくと、一つの化学物質にも様々な法律が重なって適用されていることがわかってきます。
毒劇法の対象物質をチェックして、OKだと思っても、次の機会に消防法の対象物質をチェックしたら、同じ物質が該当していることがわかったりするわけです。
こうなってくると、各法令からアプローチして該当する法規制に対応していくより、使用している物質、もしくは使用する可能性のある物質(化学物質)から直接規制等へアプローチすることができて、どのような法律が関わるのか?一度で正しく漏れなく、教えてほしいと思いませんか?こうした場合に安全データシート、SDSが活用できます。
化管法においてSDS交付対象として指定されている化学物質を譲渡、提供(販売)する際には、渡す側が必ずSDSも製品と一緒に提供しなければなりません。その目的は、自主管理に必要となる情報が確実に伝えられるようにするためです。ということは、SDSには化学物質を管理するうえで必要な情報が凝縮されているということです。次に製品の警告ラベルについて解説します。
GHSラベルとは?
ラベルを見ると、まず目に留まるのが赤のひし形で囲まれた標識のような絵です(図1)。これはGHSラベルといって、「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム」に基づいています。
世界調和システムとはどういうことでしょうか?化学物質は使い方を一歩間違うと、非常に危険なのですが、輸入品も珍しくありません。例えば、電化製品等を買ったら、英語の説明書が入っていた…という場合、皆さんならどうしますか?
よくわからないから手探りで使ってみるかもしれません。電化製品はよほどおかしな使い方をしない限り、単に壊れて終わり…ということになりそうです。しかし、化学物質の場合は使い方を間違えると、重篤な健康被害や命にかかわる事態になることもあります。
そのため、最低限の注意喚起は言葉に頼らずに、わかりやすい絵表示にしているわけです。どくろのマークが表示されているものは、ほぼ確実に危険なものだとわかりますね(図1)。表示には、物理化学的危険性と急性毒性など健康リスクおよび環境有害性等があります。まずはGHSラベルを確認し、ざっくりとした情報をつかんでから、それぞれの項目を読み進めていくとイメージが付きやすいと思います。
図1 GHSラベルの例 (出典:厚生労働省HP)
SDSの記載項目
SDSの記載項目は、様式で決められています。その他を含めて16項目で構成されていますが、これらを順番に見ていくよりも、「15:適用法令」を軸にチェックすることをお勧めします。
適用法令を見れば、その物質がどのような法律の規制対象になっているのか、いないのかを一覧で簡単に参照できます(表1)。その上で、例えば消防法の危険物に該当していれば「5:火災時の措置」に記載されている注意事項を参照する…といったように、各詳細項目に対して、目的をもって読み込むと効率的です。
表1 SDSの記載項目
危険有害性、区分、絵表示、注意喚起語、危険有害性情報等のラベル要素は、GHS勧告の付属書1「分類および表示のまとめ 」(厚生労働省HP)及びJIS Z7253「GHSに基づく化学品の危険有害性情報の伝達方法-ラベル,作業場内の表示及び安全データシート(SDS)」に詳しく解説されています。
多岐にわたる化学物質の関連法規
化学物質に関連する法律を、ざっくりと一覧にすると図2のようになります。
左から右に向けて、製造から廃棄と、大まかな時系列になっています。主に化学物質を使用する企業は、取扱い事業者としての領域になります。加えて、化学物質を製造する場合は、製造者の関連領域もチェックする必要があります。
ここからは、取扱い事業者に関わる規制にそれぞれの法律がどのような規制を行っているのか、概要を順番にご紹介します。
図2 化学物質関連法の全体像
化管法PRTR制度
PRTR制度とは、化学物質排出移動量届出制度といいます。対象は物質と業種・対象物質の年間取扱量などで判断されます。対象となった事業者は、化学物質の排出量や移動量を集計し、都道府県または国に提出します。
ほとんどの場合は都道府県に提出し、都道府県のHP等で公表されるのが一般的です。機密情報等が絡んで、広く公表されたくない場合には、国に直接提出することもできますが、この場合でも開示請求があると国はデータを開示します。
しかし、一般的にはPRTR制度のデータを見たことがあるという人はほとんどいないと思います。そのため、実質的には、都道府県、国への報告をすることで、事業者が襟を正すという仕組みといえます。
一方、PRTR制度の排出量・移動量を計算する方法は様々です。年間取扱量から製品販売やその他の原因で移動した量を差し引くと排出量が出ます。実際に測定してもOKです。
係数や、濃度などで計算してもOKです。こうして見ると、なんでもアリに思えてしまうかもしれませんが、法律上は、可能な限り正確な方法で算出すると定められています(図3)。
図3 排出量・移動量の算出方法例
労働安全衛生法
労働安全衛生法では、職場内の安全教育が必要とされています。新しい化学物質を購入した場合、知識を持って取り扱わなければ危険ですから、当然、追加教育をしなければなりません。実際の作業を想定して取り扱い上の注意事項や保管上の注意点、また、万が一に備えて応急措置についても重点的に確認します。
その際に、表1に示したSDSの2危険有害性の要約、4応急措置、5火災時の措置、6漏出時の措置、7取扱い及び保管上の注意、8暴露及び保護措置や13廃棄上の注意等を確認することになります。また、特定化学物質に該当する物質を扱う場合には、作業主任者の専任が必要になります。
該当法令に、特化則、有機則、鉛則等が記載されていれば、法定講習会を受講した有資格者の作業主任者を選任しておかなければなりません。選任するだけでは不十分で、氏名の掲示も必要です。皆さんの職場でも作業主任者の掲示があるかを確認してみましょう。
SDS情報の掲示
さらに、掲示には取り扱う化学物質の場所についても、各作業場の見やすい場所に掲示しなければなりません。法律では「常時掲示し、または備え付けること」と書かれています。となると、「SDSに注意事項が書いてあるので、SDSを置いておけばよいのでは?」と思われるかもしれません。
しかし、掲示の目的は、緊急時に即時対応できるように適切な対応方法をいつでもすぐに見られるようにしておくことです。分厚いファイルにSDSがいくつも挟まっていて、探すのが大変…という状態では目的が果たされないので、注意が必要です。
こうした掲示は、非常時だけでなく日常教育でも活用できます。例えば、職場に新しく配属された人がいたら、掲示されている情報を見せながら、「この職場ではどういった薬品を取り扱っているのか?」という説明ができます。
また、事前に注意事項を読むことで、緊急時に対する備えが必要だと気付くこともできます。緊急時に「直ちに大量の水で洗う」と書いてあったら、近くに水道があるかを確認する必要があると気付けるわけですね。
さらに、冒頭で記載した通り、労働安全衛生法は、改正法の施行が予定されています(図4)。
これまで、危険性・有害性の高い化学物質を個別に特定し、具体的な対応を定めていたのですが、化学物質は数が多すぎて追いつかない!という状態でした。法で指定されていない化学物質でも、事故や健康被害が発生したケースもあり、個別指定には限界がありました。そこで、SDSの情報をもとに、事業者がリスクアセスメントを実施し、自律的に管理してください!という仕組みに転換していくわけです。
図4 労働安全衛生法の改正イメージ (出典:厚生労働省HP)
主な改正として、次のような義務が課せられるようになります。
・ラベル表示・SDS交付による危険性・有害性情報の伝達義務
・SDS情報等に基づくリスクアセスメント実施義務
・ばく露濃度をばく露濃度基準以下とする義務
・ばく露濃度をなるべく低くする措置を講じる義務
・皮膚への刺激性・腐食性・皮膚呼吸による健康影響のおそれがないことが明らかな物質以外の全ての物質について、保護眼鏡、保護手袋、保護衣等の使用義務
ここまで、SDS制度の概要、PRTR法、労働安全衛生法と広く様々な化学物質に関わる分野をご紹介してきました。次回は、毒劇法や消防法などさらに具体的な規制を設けている法律についても確認していきます。